救急現場で、患者の家族が心肺蘇生を拒否した場合、救急隊はどういう対応をするんですか?
こんにちは、TEAM WEBRIDです。
今回の記事では、救急現場での不搬送や、心肺蘇生等の拒否をテーマに考察します。
救急現場では、
といった事案が発生する場合があります。
このような場合、救急隊の対応や、法律の仕組みはどうなっているのでしょうか?
それぞれの事例に対し、判例も織り交ぜながら解説します。
この記事を読むことで、救急現場における不搬送や、心肺蘇生の拒否(未実施または中止)についての知識を身につけることができます。
今回の記事も、現役消防士の方や消防職員OBの方々からの調査結果をもとにレポートします。
搬送拒否に関しての基準は?
市民から見れば、どの消防本部の救急隊も同じに見えますが、日本の消防組織はそれぞれの自治体が運営していることから、消防本部が変われば全くの別組織になります。
そこで、全国の消防本部の体制に差異が出ないよう、統括しているのが国の機関である総務省の中にある”総務省消防庁”です。
搬送を拒否する傷病者の取り扱いについては、この総務省消防庁が定めた「救急業務実施基準」というルールが存在します。
この基準の中では、救急現場において、搬送を拒否した傷病者への対応について、
隊員及び准隊員は、救急業務の実施に際し、傷病者又はその関係者が搬送を拒んだ場合は、これを搬送しないものとする。
救急業務実施基準 第17条
となっています。
つまり、全国的な運用として、救急隊は救急現場へ出動したからといって、必ずしも傷病者を救急搬送するわけではないということです。
”搬送しない”という選択肢も可能ということです。
死亡による不搬送について
死亡時の不搬送についても、総務省消防庁が定めた「救急業務実施基準」というルールに記載があります。
救急隊員及び准救急隊員は、傷病者が明らかに死亡している場合または医師が死亡していると診断した場合は、これを搬送しないものとする。
救急業務実施基準 第19条
”明らかに死亡している”という表現、いまいち曖昧(あいまい)ですね。
各消防本部の運用としては、一般的にいう”社会死”の状態であれば搬送しない判断が多くなります。
具体的にいうと、
などが例としてあがります。
後段の”医師の判断”というのは、ドクターカー制度の普及などにより、救急現場へ医師が出動する機会も少なくありません。
そのような場合には、法律上の死亡判定が可能な医師の診断により、搬送しないことが可能になります。
家族による搬送拒否について
傷病者本人に意識がない場合、例えば高齢かつ認知症の年配者が突然倒れた場合など、同居の家族により心肺蘇生の拒否や、搬送の拒否の意思表示が行われる場合があります。
このように、家族により蘇生処置を断るケースは、近年増加傾向にあり、消防本部で対応に苦慮しています。
この場合の対応は2パターンに分かれています。
蘇生処置も搬送も行う場合
救急隊としては、家族からの心肺蘇生拒否の意思表示があっても、救急要請として呼ばれた以上は責務を果たす責任があるため、蘇生処置を行い、病院へ搬送する場合があります。
というのも、やはり救急隊としても怖いものが訴訟問題です。
善良な市民ばかりではありません。
後々、「救急隊の不手際により家族が死亡した」などと言いがかりを付けられる可能性が0ではありません。
そのため、いくら家族からの蘇生措置拒否の意思表示があろうとも、責任を果たすために、蘇生措置を行いながら病院へ搬送するという判断によります。
蘇生処置も搬送も行わない場合
条件によっては、蘇生処置や救急搬送を行わない場合があります。
東京消防庁では、延命治療を望まない傷病者について、救急隊が心肺蘇生や搬送を中止できる運用を令和元年12月16日より開始しています。
従前は、終末期の傷病者が、家族や医師等と話し合って自宅での看取りなどの意思を固めていても、慌てた家族等から救急要請があった場合、救急隊は傷病者の意思に沿うことができませんでした。
しかし、次の要件が揃うことにより、”心肺蘇生等を行わないで”という傷病者の家族の意思を尊重できるようになりました。
1 家族や医師等と話し合って自宅での看取りなどの意思を固めている成人が心肺停止状態であること
2 傷病者が人生の最終段階にあること
3 傷病者本人が「心肺蘇生の実施を望まない」こと
4 傷病者本人の意思決定に際し想定された症状と現在の症状とが合致すること
これらの条件が揃っていれば、救急隊から「かかりつけ医等」に連絡し、「かかりつけ医等」に対しこれらの項目を確認できた場合、心肺蘇生を中断し「かかりつけ医等」又は「家族等」に傷病者を引き継げるというものです。
傷病者本人による搬送拒否について
傷病者本人による搬送拒否については、過去の判例とともに解説します。
本人による搬送拒否が事実であったかどうかが争われた事件があります。
判決内容はこうです。
消防法上の救急業務を実施している地方公共団体が、救急業務を実施すべき事由が生じたことを認知し、かつ、当該救急業務を実施することができる場合は、行政上の責務として救急業務の実施義務を負うのみならず、当該傷病者との関係でも救急業務を実施すべき義務を負うものと解するのが相当である。
佐賀地方裁判所(平成18年9月8日判決:判例時報1960号104項)
しかしながら、救急業務は、その性質上、傷病者等の求めに応じて行う公的なサービス、給付行政的な活動であって、その趣旨は、もっぱらサービスを希望する者の満足を得ることにあり、傷病者本人を含む国民の権利義務を制約するものではないから、正常な判断能力を有する傷病者の意思に反してこれを行うことは許されず、したがってこのような場合には被告(救急隊)が救急業務を実施すべき義務を免れることは明らかである。
この判決事例は、傷病者の搬送拒否の意思表示が明確かどうかが問題となった事例です。
裁判所は、傷病者の状態が深刻な事態に陥っていた可能性があることは認めています。
しかし、そのことが第三者からも判断できるだけの要因があったかといえば、疑問であるとしています。
本人の搬送拒否の意思については、本人が名前や生年月日など、自分の意思を正確に答えていたことなどから、判断能力は不十分ではないと判断できます。
そのため、本人の搬送拒否があったことを認め、搬送しなかったことが違法ではないとの判断を示しているものです。
この判決は、控訴されていますが、高等裁判所においても、地方裁判所の判断を認めています。
(福岡高等裁判所:平成19年8月2日判決)
他にも判例があります。
酔っぱらって、警察署敷地内を徘徊し、警察署に保護され警察署から救急要請があった傷病者について、本人の意思を確認できず、家族に引き取られた傷病者が後遺症を発症した事例がありました。
救急隊員が、形式的に家族の不搬送同意の書類を受け取っていても、真意とは言えず不搬送を違法とした事例があります。
(奈良地方裁判所:平成21年4月27日判決 判例時報2050号)
この判例から読み取れることは、家族の同意があろうとも、傷病者本人に対する観察をきちんとすることが重要であるといえます。
【不搬送】家族がCPA(心肺蘇生)を拒否!救急隊の対応やいかに?のまとめ
この記事では、救急現場での不搬送や、心肺蘇生等の拒否をテーマにレポートしました。
まとめると、次のとおりです。
救急現場における不搬送や、心肺蘇生の拒否(未実施または中止)についての知識が身についたはずです。
今後も、新しい情報が入り次第、レポートを更新していきます。
この記事を読まれた方で、さらに詳しく知りたいことがあれば追跡調査しますので、コメントか問い合わせフォーム、またはTwitterにてご質問ください。
また、消防関係者の方で、うちの本部ではこうなってるよ、それは違うんじゃない?などのご意見をいただける際も、コメントか問い合わせフォーム、またはTwitterにてご連絡いただけると助かります。
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